Category Archives: 県議会活動

県議会活動 素晴らしい風景

マナウスの風景

市場にて。西瓜の山。

タンバキ。グリルにすると美味しい。

 

スルビンという大ナマズ。

 

何だか分からない。熱帯魚っぽい。

ご存知ピラニア。開高健のオーパ!の世界。

アマゾン川にて。ネグロ川(黒)とソリモンエス川(茶)の水の合流点では水が解け合わず、色が別れる状態が何キロも続く。

ちなみにマナウス付近では中流にも関わらず対岸まで20キロも離れたところもがあり、川というより海。もっとも河口のベレンでは対岸まで250キロ以上あるのでそれに比べれば近い。

 

しかし『川の国埼玉』とか川幅日本一も遠く及ばぬスケールの違いがそこにはあった。

活動報告 県議会活動

アマゾンの日本人

ブラジルに移民した日本人はサンパウロやパラナ州など南部だけではない。

マナウスやベレンなどアマゾン地域にも多くの日本人が移住し、命がけの大変な努力の末現地に根ざしている。

そのことを日本では教えもしないし、それを知る日本人は極めて少ない。

我々議員であってもほとんど知らない。日本人の歴史を日本人自身が知らない。何とも哀しく愚かなことだと思っている。

 

今回我々はマナウス近郊、車で1時間くらいの場所にあるエフィジェニオ・サーレスという日本人移住地を訪問することにした。

こんなアマゾンの奥地でも、頑張って生きている日本人がいるのだということを他議員に知ってほしかったからだ。

日本人移住地の会館(公民館)に到着。

2008年に移民50周年、ということで今年で54年が経過している。

多くは養鶏、果樹栽培など農業で暮らしているそうだ。

会館では日本人子弟向けに日本語教室も開かれていた。

近くにある宮本前日本人会会長が経営する養鶏場を見せていただいた。

鳥インフルエンザなどのおそれがあるため施設にはあまり近づけない。

広大な敷地に鶏舎が建ち並ぶ。

ご自宅の前で。

 

再び会館に戻って昼食をとりながら懇談。

入植時のいろいろなご苦労話や、現在の日本についての意見、主に政治に対するお叱りを頂戴する。

入植した方々は皆高齢となり、子の世代が現役となっているが皆さんお元気である。そしていい顔をしている。

 

楽しい時間はあっという間に過ぎ、懇談会は無事終了。

日本への熱い思いを伺うことができた。

 

最後に50周年の記念碑(揮毫は森元総理)の前で。

アマゾンでご苦労され、この地で没した日本人の先人に思いを馳せ、後ろ髪を引かれる思いで移住地を後にした。

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アマゾンへ〜モトホンダ訪問

ブラジリアから飛行機で2時間半、アマゾン川中流の街マナウスに到着。

サンパウロからは直行便でも4時間以上かかる。ブラジルの大地の広さを痛感する。

生憎の雨が降っていた。

 

我々はそのまま視察先であるモトホンダ工場へ。ここで昼食をいただく。

我々のためにカレーやみそ汁など日本食を用意していただいた。その他には巨大なアマゾン魚タンバキのグリル。いずれも美味でした。

しばし懇談して工場長からご説明を伺う。

マナウス工場ではオートバイを製造、1万人を超える雇用を生み出している。ホンダの工場としては世界最大規模。

部品まで自社で製造しているのは世界中でここマナウスだけである。

工場内を視察。工場は大きく広大である。

従業員はほとんど地元のブラジル人だが、勤勉でよく働く。真剣な表情の中にも笑顔があふれ、活気がある。

『ホンダで働く喜び』を体で、表情で表している。

日系企業からなるアマゾン商工会議所の皆さんと意見交換した後、記念撮影。

日本政府のサポートが足りない、という声を多く伺った。

県議会活動 素晴らしい風景

ブラジリアへ。

日本とブラジルの時差は12時間。時計を動かす必要はない。

しかし時差ぼけのためどうしても明け方に目が覚めてしまう。上の写真はサンパウロの明け方。

サンパウロ・コンゴーニャス空港から空路1時間半ほどで首都ブラジリアに到着。

Luiz Nishimori連邦下院議員が空港に迎えにきていた。

今回の視察はニシモリ議員のご案内をいただいて国会見学。お忙しい中時間を割いてくれた。

ブラジリアは1960年にリオから遷都されたブラジルの首都。もともとは何もないジャングルをルシオ・コスタ、オスカーニーマイヤーが計画、建築した人口都市であり、世界遺産に登録されている。

街は飛行機の形をしており、左右シンメトリーである。

ブラジル国会前、もちろん建築はオスカーニーマイヤー。

ブラジル下院の発言席。

ブラジル上院。全く雰囲気が違います。

黄色い建物は議員会館。日本のように国会と地下道で結ばれている。

 

この日は週末ということでほとんどの国会議員が地元に帰っているらしく、すいていた。

 

ブラジリアの問題は人口が200万を超え、当初想定していたよりも大幅に人口が増えてしまいインフラが追いつかないこと。

そしてモダニズム建築と街の作りは格好いいのだが、建物間が離れており、車がないと全く動けない街、4年前に伺ったクリチーバとは真逆の街。

 

4ヶ月間雨が降っていないとのことで大変乾燥しており、昼は30℃以上、夜は15℃まで下がり、時差ぼけと長旅でまだまだ参加議員は疲れている様子だった。

ブラジリアには1泊で翌日はまた飛行機でアマゾン川中流の街、マナウスへ。

ニシモリ議員、ありがとうございました。

 

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日伯友好議連ブラジル訪問

2008年の初訪問以来4年ぶりに議連にてブラジル訪問。

この視察を迎えるにあたって、旅行会社はじめ現地との調整は難航を極めた。

 

今回は成田〜北京〜イスタンブール〜サンパウロという36時間を超える長い道のりである。

2010年にJALがブラジル路線から撤退して以来、ブラジルまでの道のりがますます遠のいてしまった。

 

北京からはトルコ航空コンフォートクラスにてサンパウロへ。

席は広くて快適で食事もおいしくまあまあ快適に到着することができました。

 

上の写真はサンパウロ・グアルーリョス空港に出迎えにきていただいた埼玉県人会の尾崎、森田両副会長と空港での一枚。

長旅のあとで皆さんヘトヘトです。

 

この後はサンパウロ市内のレストランで夕食をとって、名物カイピリーニャ(ピンガとライムで割ったカクテル)であっさりと眠りました。

この後しばらく数日は時差ぼけに悩まされることになります。

 

ここサンパウロからブラジル訪問が始まります。

県議会活動

夏期研修会

永田町の自民党本部にて夏期研修会に参加してきました。

講師2名は私の強い要望によって山谷えりこ参議院議員、稲田朋美衆議院議員、と保守色の強い方になりました。

まず、尖閣諸島訪問して帰ったばかりの山谷先生

以前議員会館で時間をいただき、男女共同参画についてご指導をいただきました。

家族の大事さを全面から訴える姿にいつも共感をしております。

今回は韓国人ロビイストによる従軍慰安婦の全くのデマに基づく記念碑などがアメリカで次々と建てられている話や、古事記についての音読などユニークな内容もありました。

 

続いて稲田先生

百人斬り訴訟の時から存じておりますが、国を大切にする、日本人としての誇りを大事にする姿にいつも共感しています。

今回は一連の中国韓国との問題についての所見を拝聴しました。

 

この後谷垣総裁からのご挨拶がありました。

近いうち、で3党合意したことから、今国会会期末での解散をにらんで動いていくとのことです。

 

県議会活動

剣道大会

埼玉県市町村職員剣道大会が坂戸市で開催され、昨年に引き続き参加してきました。

剣道は全くの素人なのですが、相手は常に有段者なので対戦するのも申し訳ないような気もします。

試合は、、、一勝したことはしたのですが、、、ケガによる相手の棄権による勝利。ケガの具合が心配です。

私自身も軽いふくらはぎ肉離れとなってしまいました。

 

やはり時代劇のようには簡単にいかないですね。

真剣で斬りあった昔の武士のすごさというものを体で感じました。

 

 

県議会活動

小野寺まさる北海道議とお会いしました。

県議会魅力ある地域づくり特別委員会で北海道を視察、北海道庁を訪問しました。

道議会ではツイッターの世界で有名な小野寺秀道議会議員にお会いしました。

小野寺さんは私の上司であった故・中川昭一の選挙区である帯広市からの選出となります。

私が秘書として帯広に行っていた時代はご尊父が議員としてご活躍されていました。

 

ネットの世界では全国区の人気を誇る小野寺議員、その理由は中川から引き継いだ保守の理念を持ち、鋭い指摘をされることからだと思います。

また、普段はユーモアあふれる言動も多いためか、ファンの心をつかんでおられるようです。

 

短い時間でしたが、同じ理念を持つもの同士、思いは共有していることがすぐにわかります。

これからも日本のために同志としてともに頑張りたいと思います。

これからもご指導ください。

もろいの主張 県議会活動

日本教育新聞6月18日号にインタビュー記事が掲載されました

県議会活動

平成24年6月議会開会

平成24年6月議会が開会しました。

会期は7/6(金)までです。

議会運営委員会副委員長として初めての議会に臨みます。

緊張感を持ちつつ、全力で頑張りたいと思います。